読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

暇人と情報

雑記

 知らないうちにFacebookの仕様が変わったようで驚いております。

 

「いいね!」ボタンに加えて「超いいね!」「うけるね」「すごいね」「悲しいね」「ひどいね」が追加されたようで一歩間違えると縁が切れてしまうことが目に見えます。

 

ためしにリア充アピールしている友人に「ひどいね」を押しておきました。

 

ところで先日、旧友の方と会う機会がありまして様々なはなしに花を咲かせました。

当時どうであったか、何をしていたか、今になって明かされる友人関係、そしてかつてのクラスメイトの今。

 

で、知ったのですが当時のことはたいして覚えていないのにクラスメイトの現状をやたら知っているようなんですね、ぼく。

記憶力なんて個人によって好きなことだったり勉強だったり一部の方面に特化しているもんだとは思っていました。

 

転校してきた友達と初日にその友達と遊戯王して当時レアだった『雷魔神-サンガ』を彼が持っていてはしゃいだり、サッカーしていたらタマに球が当たって悶えていたところにタマに球を当てられてお笑いを見ていたところ画面が暗くなってにやけている自分を見てしまったような人生の絶望感を味わったりと

 

昔の訳のわからないことばかり覚えている僕ですが、まさかこのようなことでも記憶力があるとは思いませんでした。ただ聞いた情報量と覚えている情報量が完全に不一致。

 

しかし、思い返してみるとただ記憶力がいいだけではないということが分かりました。

記憶するためにはその情報をどこかしらから入手しなければならないんですからね。

 

そう考えてみると情報の経路は基本的に『人脈』『能力』『時間』の3つから成り立つのではないかと結論が出ました。

 

まず人脈、これによって聞く相手の母数が増えるわけですから単純に情報の経路が増えます。次に能力、相手から聞き出すコミュニケーション能力が長けていないと聞くに聞けません。最後に時間、相手と会う時間が長いほどはなすことも多くなるし得る情報も多くなるはずです。

 

といったように届いたAmazonダンボールのようにスカスカな理論が成り立ちました。

 

ただ、勘のいいやつならお気づきだとは思いますが、僕には人脈能力もありませんし有り余っているのは時間だけ。しかも、近場の友人に限定されるし遠方のはこううまくいかんだろと思っているでしょう。

 

 じゃあこのカラッカラの木炭みたいな人脈と能力をいかにして時間でカバーするか。

 

 

 

SNSしかないやん。

 

基本的はTwitterはフォロワーの全部見ているしFacebookもほぼ毎日見ています。

ただTLだけでなくフォローしていない人でもたまには見るし、友達の友達の~とか遡って見ているわけで。(他にもいろいろしているかはご想像におまかせします)

 

おそらくこれが一番の原因ではないかとたどり着きました。

で、他の人たち以上に時間を割きまくっていろんなのを見ている、比較対象はいないけど。

更にはこの『能力』ってのも『コミュニケーション能力』ってよりは『情報検索能力』ってのになるわけだ。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

なんかすげーネットストーカーみたいな発言してるな、わるいことしている訳ではないけど。

ただ弁明しておくとすると、たまたま時間あってたまたまそこに知り合いのアカウントがあってたまたま見てみたらそれがあったっだけで・・・。

 

決してそれで一日費やしたり、やるべきことからの逃避という名目で没頭しているということは一切ありません。

だから許してくださいよろしくお願いしますなんでもしますから。

 

 

 

 

 

 

f:id:Podemo:20160117015257p:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:Podemo:20160117020604p:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:Podemo:20160117020618p:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:Podemo:20160117015352j:plain

 

 

 

 

 

 

やっぱりコタツでヌクヌクしながらのTwitter最高です。